2014/05/29(木) 08:17:06

ちょこっと放送でのわけありなどもありまして、

「わけあり」で、テレビでカットされるだろうなーという部分があり、
そこは山猫軒の「肝」な1つです。
それが、このビデオの内容。
日本一お酒が美味しいといわれる理由です。
先ずは こちらのビデオをご覧ください。 →      →       →
 
吉本見るよりは面白いですよ。

テレビ放映のとき使われていたワイングラスは   
まだ世界に8千個も無い 特別な世界最新鋭のグラスです。
ロバートパーカーも 世界中のソムリエさんたちも
まだ、一部のかたがたが うわさに聞いているくらいの物です。
(フランスのaocとはすこしはなしをしていますが、、)
現在あるすべてのワイングラスに(超有名高級グラスを含む)に
ワインを注ぐと その瞬間に引力や表面張力などの地球的な
(電気的力)によってワインが分子レベルで壊れてしまうことが
3年前に発見され、発見者でもある 平田氏により 
世界で唯一ワインを壊してしまわないグラスが
考案 製作されたものです。

今まで高級グラスで飲んでいたワインってなんだったんだろう?
という 衝撃的なグラス。  
  
 

@あと、番組中に使われた野菜や 卵は、本当に美味しいですが、

特に卵は一般の配合飼料で育つものでなく

牧草がエサの主体で 一粒のとうもろこしも食べずに育つ鳥たちの卵。

関東最高峰の卵です。よくある有名銘柄の卵よりも

ずっと良心的なお値段で取り寄せもできますので

この幸せな卵や、野菜を宅配希望の方は

0299-43-3443 宇治田農場まで、お問い合わせください。

ただし、「はい、毎度ありがとうございます、宇治田農場です。」

見たいな商売商売したような 対応はありませんので、

そうしたことを要求される方には向きませんので

そうした方は ご遠慮ください。


    さて、


@山猫軒ブログにようこそ


 山猫軒のご利用法とご注意

1、お越しになる前に よろしければ上記のビデオはぜひご覧ください。

2、テレビ放映にもあったように ざっくりした空間で

 こぎれいなお店や 高級感を求める方や

 ミシュラン的 形式的なサービス等をお求めになる方には

向かないお店ですので、そうしたてんを、ご理解のうえ、

ご予約 ご来店 いただければ幸いです。

3、ご予約はお電話のみでお受けしています。

 午後、2時30分くらいから お電話に、出られます。

それ以前は 全く出られないので、ご了承くださいませ。

4、お料理は 7000円 から、
        ( 皿数少なめ、ボリューム多し)

  2万円の間の

        (ボリューム少なめで皿数が多い)

 ご希望の価格をお決めいただいた上 ご予約いただきます。

最もリピーターの多いのは、1万ー15000円くらいです。

  甘いものやコーヒーなどは 食べたい方が注文する

 というやり方ですので 含まれません。

 安いほうは 若いかたむけ といった意味もありますが、

ボリューム重視、 贅沢になるにつれて

軽めに軽めに手数 品数が増えていく感じですので

値段と、ボリュームは、全く関係ありません。

  

5、ご予約時に苦手なもの食べられないものを確認させていただき

季節や 当日の食材から その日のメニューが決まりますので

「おまかせのおりょうり」 と、なります。

小食ですとか、 一人大食いがいますとかお申し付けください。


6、カードは使えません 現金のみとなりますので


  ご了承ください。


    090-6574-1242  山猫軒 伊藤 まで。



この下は、読みたい方のみご覧くださいね。


@@@@@@@@@@@@@@@@@@

  
   さて、


山猫軒およびそのお料理について、

インターネットでは 山猫軒は 創作料理のお店 と

なっていると思います。

でも、実は 最近流行の スペイン エルブリ 系の

創作料理とは 「真反対」のお店であり

ある意味 真に古典的な 料理店です。

これまでに 4千種類を超えるお料理をお出ししてきましたが、

それらはみな、思いっきり古典的な技法を現代科学的にを生かした

物ばかりのため、 同じ名前の現代のお料理をお出ししても

多くのお客様にとって「初めて食べる」感満載なお料理となっており

「創作料理ですか?」 ときかれたときに

長い説明になってしまい 料理や、接客がとまってしまうため、

「、、ああ、はい」と答えていたため

創作料理 という範疇で なじんでしまったようです。

正式には 「西洋 東洋の 「 温故知料理」  といいます。

4千種類のお料理の中で、明らかに私がオリジナルとしているものは、

2つくらいでしょうか?

 山猫軒は

、「絶対にまた、何度でも食べたい 料理」 を常に目指してきましたし、

これからもそのスタンスは変わることなく行きたく思っております。


  ですので、最近流行の 料理 とは

 その対極にあるお料理ばかりです。

まあ、そうしたへそ曲がりなお店が、

あってもよいかと考えます。


  山猫にとって、

お料理というのは

自然界にあるものを

安全に食べられるようにすること


  これこそが 料理の 弟1儀であります。
また、それが、科学的にも人類史における「料理の発祥」でもあります。

そして、お金を払って食べていただいて
十二分に 美味しさを楽しんでいただけること です。

いろいろな喜びがありますが、

美味しい を絶対的に優先させるのが、

山猫のスタイルですので その他の項目は
 
常にその下にきます。

、へーめずらしいね

、初めて食べました

、面白いね

、美しいね

、、、エトセトラ えとせとら、、。

もちろん それらも大切にしておりますし
余裕のあるところはそのようにしていますが、

まだまだ若輩 勉強中の私には

第一優先順位の

 「 美味しい 」 

のところをまだまだ追求中なので、、

その他の項目への比重は軽くなります。


  基本の考え方は こんな感じ





やはり現代の

「食材および食文化の貧困」は

なかなか、そうした試みを許さぬものを感じさせざるをえません。


20年も前の話ですが、ある三ツ星シェフが

「ルイ王朝時代の宮廷料理の

     若鶏の煮込み」 なるものを再現し

大して旨くも無いので、「まあ、昔の人はこんなものでも


うまがっていたんだろう、、。」「俺だったらここにフォンドボーを加え

たまねぎのミルポワを加え ラードを、さらに ソースアメリケーヌを加え」

うんっ 旨い 俺は、新しい料理を考案した

などと言っていたのを思い出します。

  今は、こんな時代になってしまいました。

ラーメンなどにもいえますが、鶏がらだけではパンチが無いので

豚の骨 頭 牛筋 挙句の果てにはかつおや

煮干そのたダブルスープだ、2層構造だ

、、うんっ うまい。新しい味だ、、なんていっていたら?



   あなた方は 何をたべさせたいのですか?

と思ってしまう私はひねくれもの?


 料理というものは 自然界からのものを

まず 「安全に頂ける様にすること」 が

料理の第一義であり 料理の発祥 でありますし、

科学的な帰結でもあります。

もしそこをはずしたならば、その時点で

それは「料理ですらない」と考えます。

ですので、生食不可であった 穀物に熱を加え


(まあ、牛のように胃袋が4つもあればべつですが、)

食べることを可能にした時点から人類は

他の野生動物から 違う存在になり、ストック可能な

食料を可能にしたこの時点で 人類の文化が始まった


と、言うのが私の持論でもあります。


さて、話は戻りますが、


鶏肉を食べるために鳥を飼いますと


本来 美味しく成長するのに150日前後はかかります。

その間になんと1羽の鳥は 畑 半反ぶんの作物を

平らげるといいます。 


 人類が、自分が食うのに必死な時代は

ほんの数十年前までです。

ルイ王朝時代の鳥は 基本的に

庭に放しておけば 何かそれぞれ啄ばんで

いつの間にか育ち 150日すれば 貴重な卵を産んでくれるわけで

卵を産む前に食べてしまうなど人類の99,99パーセントには

考えもしないことでもあったわけです。


王様が 馬に乗って 家来を連れお散歩して

農民の家を通りかかると その庭にすう羽の鳥が旨そうなので

「うまそうじゃの 城へ持ってまいれ今夜の夕餉に、、」


そりゃあうまいでしょうよ そんな鳥

でもお百姓さんから見れば、、

「やっと、やっとそだって、明日から初めて

家族で卵が念願の卵がたべられるようになるとおもっていたのに、、、」

ってなわけです。

で、そんな鳥を宮廷の料理人が煮込めば旨いに決まってるじゃないですか。



 どこかの三ツ星シェフが、 適当に「ブロイラー」を

煮たのとはわけが違いますよね。


 さっしのよい読者の方は、もうお気ずきと思いますが、

現代の料理人たちが、

食材の歴史と 食材の喪失 という現代の悲劇を

心底わかっているかどうかは別にして、

がっかりすることに 現代創作料理の発生とはその多くの場合

こうしたことがいくつかの原因の一つとなっています。

ゆえに、次第に無理なこじつけ感満載となっていきます。


ちなみに私の料理の始めての師匠は2人の祖母でした。

彼女たちの忘れることのできない言葉があります。

「どこの国の料理であろうが、100年150年とのこってきたりょうりは

きっと旨いものだ。もしまずければ それは何かが間違っている」

その言葉の意味を 私は 二人を喪ったずっと後 

イタリアで、 イギリスで フランスで、フィリッピンで 

心のそこから実感しました。

若いというのはよいもので、50半ばを過ぎた今と違って

時間は無限にありました。

食い意地の張っている私は 満足できないとき

必ずその料理の歴史を調べ、

  再現することに空いた時間を使っていました。
 


80年代の話です。


そのころの食材そのころの調味料 そのころの手間を再現します。

 
それは 100年 150年 残るだけの事はある美味しさであり、


イタリア、フランス などにおいても今は


(当時80年代の時点ですでに)喪われた味だったわけです。


 ローマではいつの間にか あるレストランのオーナーから


お前はコックでもないくせに


イタリア人よりイタリア料理を知っているなどといわれるようになってしまいました。


 

、私の場合 料理は食品であることが前提なのですが、


   (かつて、ある料理学校でピンポイントでお菓子の講師を頼まれたとき


   「お菓子は年度細工ではありません」とか、


   砂糖を抑えないのですか?と聞かれ


   「あなたは けんこうのためにおかしをたべるのですか?」


   など、言ってしまい 


    学校側のヒンシュクをかってしまったのをおもいだしますが、、。)


それらは「商品としての料理」が前提になっているのだなあと


心底実感しました。





 私は頭が古いといわれても、


やっぱり 


寒くなってきて、霜があたってあまーくなった


それでいて、やっぱり土のかおりがする蕪と


冬場、油が乗りすぎて「刺身なら一切れで十分」なくらいになった


伊良湖水道の天然鯛の組み合わせ

お互いが 打ち消しあい 引き出しあい


 「鯛かぶら」 おいしーい


「やっぱり今年も山猫でまた

、あの 「鯛かぶら 」 食べようねっ」


って言っていただける類のお料理を作り続けてこその


食品としての料理でありたいと思ってしまいます。





  もちろん野菜  肉 魚 かに えび 他


すべての食材に 山猫式の料理法が化学的に使われるわけです。


たとえば 「渡り蟹をゆでただけ」 、、見たいに見えるそのお料理を


ゆっくり味わっていただければ、、
 

     気づいていただけるわけです。


「、、あれっ、、はじめてたべるわたりがにのあじ 食感?


これは産地がちがうの?品種が違うの?」と
 

「いえ、調理法がちがうんですよ。」


 


それは、お出ししている 「手を加えた」すべての食材に


みないえますので、見た目には見えませんが


気がついてていただければ


料理人としてのこれ以上の喜びはありません。


それを、一部 簡単にまとめたものが、


山猫軒の素食の教室でありますので


ご関心の深い方はお声をかけてください。






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