2016/07/09(土) 08:00:04

こんな店です 山猫軒





  名古屋に来てあっという間に2年10ヶ月が過ぎました、

 早いものです。あっという間に私も3年としをとってしまったわけです。


 まったく不思議というか人間の感慨などというものは

   ある意味 かってなものですね、、。


 豊橋時代とは違い

   比較的安定してお客様が来てくださっているのが、

 非常にうれしいことです。


   私がまだ30そこそこで豊橋市でお店を出すとき

  「今思えば若気の至り ですが、」

 「リストランテやグランメゾンや料亭」を

ディスカウントショップにしちゃえば

  5万 10万 20万というお金

のうち、外装、立地、内装

家具調度品、飾りや、絵や掛軸

お椀やお皿など、食器等にかかるお値段を差し引きますと

値段 食材の原価

5万円 = 5-7千円の原価
10万円 = 9000円から一万五千円の原価
この辺までは貧乏人向けです
20万円 = 2万円から7-8万円の原価
ずいぶん違いますよね
この辺からちょっと原価率がかわります。
ここからはお金をもっと払える人ほど
お得になってきます。
といったところでしょうか?

まあビジュアル代金ということなのですが
もちろんビジュアルにはビジュアルの良さがありますが
昔はお金持ちのためだけだった料理を
「実際には味なんかわかってない金持ち連中が喜んで食べているよりも
もっとより良いものを」

税金払ってる庶民が、
もっとみじかに楽しめるお店が実現しちゃって
いいんじゃない?ってなノリで、
「繰り返しますがこれ
若気の至り
ですので」
誤解なきよう、、、。


はじまってしまったわけですが、、

 当然お店のモットーは「薄利多売」

豊橋市で それをやるなんて、

  おかしいんじゃないの?

といわれながらもやり続けてきたわけです。

(実は物凄く苦しかったです)

 たぶん人様より料理技術も 体力的なパワーも

旺盛なタイプでしたので、朝9時から夜2にまで働き通し

クリスマスディナーなどは 今思えば信じられませんが、

一晩で4回転、、、、われながら、信じられません。

いつの間にか4千数百種類ものお料理を
お出ししてきました。

 しかしながら、流石に50代半ばを過ぎ、

無理を感じ(普通頭の良い人ならとっくのむかしにかんじたのでしょうが、、)

とよはしではもう、無理なことがわかり

名古屋へきたわけです。


  柳橋の市場にも多くの知己を得 お客様も

それなりにお越しいただき始め、、

ふと気づけば、お客様の単価は00000円を超えており
その日名古屋市上に入荷する中から
「大きい順に3つね」
なんて具合に毎日
当たり前にもっとも大きいあわびを買い 
最高品質のその他貝るい

最低4キロ超えの伊良湖神島のタイを当たり前に買い 

鱧をふんだんに使い

丹波のいのししや ドーマンガ二を毎日のように仕入れ 

白トリュフなどのように

豊橋時代は 仕入れることすらイベント状態だったものが、

イタリア便や、フランス便で 毎週定番で入荷しています。

国内においても

「トウモロコシ等一切食べさせないで
牧草を餌に
鳥を飼ってください。」

などという鳥の肉
この肉は年間120-160羽しかないので
山猫軒 超限定ですが

その卵の方は数が回っており
山猫軒の卵は全てこの卵。
卵かけ御飯そのものが
ごちそうです。
物凄く美味しい
これ本当の庭とりの卵です。
昔の日本で、人間様の食物も不足してるのに
庭にほかられている鳥がトウモロコシなんぞ
食ってるわけないでしょ?

さらに最近では、和牛の万分の1しかいない
日本の食用牛 の最高峰
「見蘭牛」と
その親牛である日本の牛の最初の祖先
天然記念物の「見島牛」
のこの2つの牛しかお出ししていません。
こんな店日本にないです。
料理人としてバチが当たるのではないかと
思ってしまいます。


 いろんな意味でごちゃごちゃした 
山猫軒を気に入ってくださる方は
日本の人口的に
100人に1人くらいの比率だと思いますが、

豊橋と名古屋の人口の差 
分母の違いは大きく
そしてやはり東京 京都 九州方面の

ご常連さんたちにも 新幹線的に使いやすくなり

キッチンが広くしっかりしたので調理が思いのほかスムーズになったため

何時にお店を出たいといってくださればそのようにお料理も出るようになりました。

  正直 お昼の営業を体力的に無理であると判断し、

 そう決めたときは 「やっていけるのだろうか?」 と 本当に不安でしたが

なんとか皆様に支えられております。


 お客様が安定してきてくださることの料理店にとっての幸せは

安心して喜んでいただけるものを仕入れることができ

良い仕事もできそれが直接お客様の笑顔につながる 

と言うことを本当に実感しています。


  相変わらず着ているものはユニクロと古着ですし

靴は1080円ですし、よそ様で靴を脱いで揚るときには

気になったりもしていましたが、いまはそれが身分相応なのだと考え、

「気にしないこと」にしてしまいましたし、

相方には。

「何でお客さんはいっているのに生活が向上しないのー」

としかられっぱなしではありますが、

「毎月君に渡せるお金が、00円増えたでしょ」ということで、、。

  (まあ、そのうち家庭内も満足してもらえるようにならんといかんねー)

毎月の支払いに本当に困っていた豊橋時代と比べれば

私にとっては大変な進歩です。

 まだまだ少しづつではありますが、

豊橋時代は40パーセント

いま、名古屋では55パーセント

でも1年後には70パーセントくらい

自分の持っているものを出していけるようになろうと

地道にゆっくりと進歩していけるなら

りょうりにんにとってこんな幸せはないです。

いつか、自分を100パーセント出し切って死んでいけたなら

こんな幸福な人生はないでしょうね。


  ゆっくりゆっくり お客さんがたの笑顔を

より満面の笑顔にしていくことを目標に

無理なく自然にやっていける場所を

 この 「名古屋」 に いただけたことに感謝し
70過ぎまでは頑張って行きたく、
よろしくおねがいいたします。
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